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DHHのRails World 2026キーノートを、AI駆動開発の文脈で読む

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Rails World 2026のオープニングキーノートで、Rails作者のDHH(David Heinemeier Hansson)が「手でコードを書く時代は終わった」と宣言し、話題になっていました。Railsのカンファレンスの基調講演なのに、Railsの話はほとんど出てこなかったそうです。日本語の反応もいくつか出ていたので、動画と周辺の記事をもとに内容を整理し、AI駆動開発の文脈で気になった点を書いておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=vDjW_dRyKXY

キーノートの概要

Rails World 2026は、2026年9月23日と24日にアメリカのオースティンで開かれました。DHHのオープニングキーノートは約1時間で、中心にあったのは「Pencils down(ペンを置け)」という呼びかけです。

It's pencils down, people. Writing code by hand is no longer an economically viable skill for most programmers at most companies.

手でコードを書くことは、ほとんどの会社のほとんどのプログラマーにとって、もう経済的に成り立つ技能ではない、という主張です。37signalsでは実装コードを書く担い手をAIエージェントに切り替えていて、人が手で書くのは例外的な状況になっていると話していました。

転換点は2025年11月のOpus 4.5

DHHは、エージェントの時代が始まった日を2025年11月24日、つまりClaude Opus 4.5のリリース日だと位置づけていました。誰でも手に取れるカメラとして写真を大衆化したKodakのBrownieになぞらえて、「自分たちの時代のBrownieを手に入れた。それがOpus 4.5だ」と表現しています。

DHHは半年ほど前まで、AIによるコーディングには批判的な立場でした。直也テックさんのnote記事によると、Opus 4.5の登場をきっかけに、すべてのプロジェクトをエージェント前提で進める方針へ切り替えたそうです。

https://note.com/naoya_tech/n/n825b3c6a8cea

講演では自分のコード量の変化も数字で示していました。21年間の平均が年に約3万行だったのに対し、2026年8月の1か月だけで15万行です。ここ数か月はほぼ手でコードを書いておらず、自身のことを「プロのプログラマーは引退した」と語っています。toshimaruさんの記事の言葉を借りると、「プログラマからMakerへのジョブチェンジ」です。

https://blog.toshimaru.net/rails-world-2026-opening-keynote/

HEYはネイティブアプリ6本とRustのバックエンドへ

具体的な発表として一番大きかったのは、37signalsのメールサービスHEYの作り直しです。これまでのWebアプリの形をやめ、iOS、Android、Windows、Macなど6つのネイティブアプリとして作り直します。バックエンドはRustです。

ネイティブアプリを複数のプラットフォーム向けに作るのは、小さなチームには割に合わないとされてきました。Railsとサーバー側で描画するHTMLを中心にしてきた37signalsの方針も、その前提の上にあります。エージェントがコードを書くなら、その費用対効果がひっくり返る、というのがDHHの説明でした。

面白いのは、DHHがRustを嫌っていると公言している点です。講演では、ここ40年で一番醜い言語とまで言っています。それでもRustを選んだのは、自分でコードを読む必要がないからです。エージェントに書かせ、自分は中身を見ないブラックボックスとして扱う前提で、実行効率だけを取りにいったわけです。旧バックエンドと比べてCPU使用量が約99%、メモリが約95%減ったと紹介していましたが、本人もざっくりした見積もりだと断っていました。

Railsはどうなるのか

Railsの話がほとんどなかったことで、「DHHはRailsを捨てたのか」という反応も出ました。toshimaruさんの記事は、Railsへの言及が2〜3分程度だったと書いています。そのうえで、Railsが終わるわけではないとしつつ、DHH本人の関心がRailsから離れていることを、Railsリポジトリへの最後のコミット日から読み取っていました。

講演の中でRailsに触れた部分では、「設定より規約」という設計がエージェントのトークン効率に直結する、という話をしていました。25年かけて作ってきた規約が、エージェントにとっても書きやすい土台になっているという主張です。

これに対して、mattnさんが興味深い指摘をしていました。

https://x.com/mattn_jp/status/2104219307018424444

Railsが広まったのは、Rubyで気持ちよく書けたからです。ActiveRecordの規約ベースの動的なAPIや、method_missing、ブロックを使ったDSLのようなRubyのメタプログラミングは、Rustでは簡単に再現できません。人が書かずAIが書くなら、Rustでいいではないか、という流れにつながります。ただし、それはRailsが終わるという意味ではない、というのがmattnさんの結論でした。

AI駆動開発の文脈で気になった点

言語を選ぶ基準が変わる

一番考えさせられたのは、言語やフレームワークを選ぶ基準の変化です。これまでは、人が書きやすいか、読みやすいかが大きな基準でした。Rubyの書き心地はその代表です。

エージェントが書き、人が読まないなら、基準は実行効率と、エージェントがどれだけ正確に書けるかに移ります。HEYのバックエンドがRustになったのは、この基準の変化をそのまま実行した結果です。

先日、MicrosoftがRustを社内の「Tier-1言語」に位置づけたニュースを整理しました。立場も規模もまったく違う2社が、同じ時期にRustへ寄っているのは偶然ではないと思います。

https://redamoon.net/log/post/000153/

一方で、Railsが規約でエージェントのトークン効率に効くという話もあります。人のための設計が、エージェントにとっても効率がよいという面は残ります。基準がすべて入れ替わるのではなく、人の書き心地の比重が下がる、というのが実態に近そうです。

コードを読まないという選択

DHHは、エージェントが書いたコードを1行も見ていないと繰り返していました。事業のオーナーが製品を評価するように、動くかどうかだけを見る、という立場です。

これに対して、直也テックさんは半分だけ同意すると書いていました。DHHは、コードを評価する審美眼がシニアエンジニアの希少な能力になると言います。直也テックさんは、エージェントを運用していると、コードを「読み物」として眺める時間はむしろ大きく減ったと言います。そのうえで、必要なのは美しさの判断より、入力の検証、認可と認証、エラー処理、セキュリティの境界を瞬時に見抜く目だ、という主張でした。

自分も、エージェントに任せる範囲が広がるほど、見る場所は「コードが美しいか」から「どこまで任せてよいか」に移ってきている実感があります。個人のプロダクトや社内ツールなら、DHHのようにブラックボックスとして扱う割り切りも成り立ちます。一方、他人のデータやお金を扱うシステムでは、読まないことのリスクを誰が引き受けるのかという問題が残ります。

アプリにCLIを付けろ

実務的に一番すぐ効きそうだと感じたのは、CLIの話です。DHHは「アプリにCLIがないなら来週金曜までに作れ」と強い言葉で呼びかけていました。

これからは、ユーザーが自分のエージェントを連れてきてアプリを操作する時代になる、という考え方です。アプリの中にチャットボットを組み込むより、エージェントが叩けるCLIを用意するほうがよい、という主張でした。例として、HEYのCLIを使ったエージェントに、差出人も会社名も覚えていない5年前のメールを探させ、数分で見つけた話をしていました。

Claude Codeを使っていると、ghやwranglerのようなCLIがあるサービスほど、エージェントに任せやすいのを日々感じます。自分が作るものにも、CLIやAPIの入口を用意しておくと便利です。

抽象化の価値が変わる

もう1つ、DRY原則への言及も気になりました。これまで抽象化は、重複をなくして保守しやすくするために価値がありました。大量のエージェントがコードを書き換える世界では、重複を同期するコストがほぼゼロに近づき、抽象化の価値そのものを見直す必要がある、という話です。

DHHはこれを「コンピュータサイエンスの根本的な再評価」と呼び、まだ誰も答えを持っていないと話していました。ここは自分でもまだ判断がつきません。

受け止め方は割れている

キーノートへの反応は、かなり割れています。DHHは最後に、悲観している暇があるなら楽観しろ、どうせ未来は誰にもわからない、と締めくくっていました。これに共感する声がある一方、海外では「こんなに混乱した葬式は初めてだ」と題した批判記事も出ています。美しいコード、職人性、デジタル主権といったRailsが大事にしてきた価値を、DHH自身が手放したのではないか、という指摘です。

https://www.globalnerdy.com/2026/09/27/dhhs-keynote-at-rails-world-2026-the-most-confusing-funeral-ive-ever-experienced/

直也テックさんは、日本の事情にも触れていました。受託開発や、IT部門がコストセンター扱いされる構造がある日本では、「プログラマーの時代のピークは過ぎた」という影響が、AIへの移行が遅い中堅以下のSIで最も深刻に出るのではないか、という懸念です。ジュニアを育てる動機が薄れ、シニアが再生産されなくなるリスクも挙げていました。

DHHの話は、37signalsという少人数で自社プロダクトを持つ会社の、しかも創業者の立場からのものです。そのまますべての現場に当てはまるわけではありません。それでも、Railsを作った本人が「手で書く時代は終わった」と言い切ったことは、AI駆動開発の流れの中で1つの節目として記憶されそうです。

参考リンク