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ソフトウェアエンジニアの今後を考えた。書く仕事は生産ラインへ、人は陶芸家かプロダクトビルダーか

Posted on:2026-06-05

この記事は、業界の正解や予測を示すものではありません。あくまで自分の考えと不安の整理です。20年後や30年後がどうなるか、正解は自分にもありません。

AIの進化で、プログラムを書くことで成り立ってきた「職業エンジニア」が薄れていく、という話をよく聞きます。自分も、技術的な作業の多くがAIに置き換わり、リリースの速さが変わったのは実感しています。

ただ、それだけだと議論が抽象的になりがちです。自分は、いま何が起きていて、自分はどの立場にいるのか。老後まで含めて、少し不安もある。そんな整理をブログに残します。

職業エンジニアは、工場の生産ラインから置き換わっていく

産業革命のとき、手仕事の職が機械に置き換わり、別の職が生まれた、という比喩がしっくりきます。

いま起きているのは、設計をきれいに保つ、読めるサイズにコードを抑える、といった「人が介在してきた大部分」がAIに移っていくことだと感じています。プログラムそのものが、工場の生産ラインになった、というイメージです。かつて職業エンジニアが担っていた部分が、ラインの一部としてAIに組み込まれていく。

それでも、プロダクトの機能や改善は続きます。コードをもとにした活動がゼロになるわけではない。変わるのは、「コードを書くこと=職業の中心」だった時代が終わりつつある、という側面です。

変わらないDXが、エンジニアの世界でも起きている

技術の話だけを追うと、すべてが一気に入れ替わるように感じます。一方で、業務が変えられない、という現場も、エンジニア側で見えています。変わらないDXが、エンジニアの仕事のまわりでも起きている気がします。

DXと言っても、本質的に業務が変わっていないケースは多い、と感じます。業務ソフトウェアの現場では、これまで積み上げた仕組み化を、簡単にはかえられない状況がよくある。承認の流れ、帳票、部門間の役割分担。変えるための制約──法規制、稼働中のシステム、現場の習慣──も重なる。システムは入ったが、仕事のやり方はそのまま、というパターンは、そのあたりと同じ構図に見えます。

人は、変えたくない気持ちも一定にある。慣れた手順のほうが安心だ。責任の所在が曖昧になるのが怖い。それがプログラムを書く世界にもあるのではないか、と思います。いまの自分がAIに任せる線引きを迷うのも、技術が先に行きすぎたからだけではなく、変えたくない部分が残っているからかもしれない。

かつてアセンブリを直接書いていた時代が、高級言語へ置き換わったように。いまは、コードを書く作業そのものが、AIと生産ライン側へ移っていく。技術の層は動いているのに、組織や業務がついてこない。変わらないDX、という言い方は、そういうズレを指している感覚に近いです。

残るのは陶芸家や刀匠。芸術としてのコード

悲観的に言うと、絵師やプログラマーが「伝統工芸」扱いになっていく未来も想像できます。

一部のエンジニアは、陶芸家や刀匠のように残るのではないか、と自分はメモしています。AIに出しにくいクリエイティブさ、手仕事としての美しさ、コードを書くこと自体の喜び。そこに価値が集まる人たちです。

yakko.dev の記事では、開発者を大まかに2つに分けています。「ソフトウェアは手段」として何かを作りたい人と、「ソフトウェアそのもの」に深くのめり込む人。後者は、製品がなくても美しく高性能なコードを書くこと自体に満足しうる、という整理です。

自分にも、後者に近い時期がありました。コードを書くことが美徳や芸術だ、と本気で感じていた時代です。ただ、それは昔のことです。いまの自分を、そのタイプだと固定するのは違うと感じています。

仕事とプライベートでは、かなり考え方が分かれています。仕事では、プロダクトや顧客、意思決定の話に頭が向く。プライベートや過去の自分には、きれいなコードへの愛着がまだ残る。同じ人間なのに、場面によって別の脳みそを使っている、という感覚に近いです。

AIに置き換わったのは、手を動かす時間だけではない、と実感しています。何を自分が決めるべきか。何を機械に任せるか。その線引きを考える時間が増えた。思考そのものが変わった、という言い方がしっくりきます。

だから、プロダクトビルダーという変化に対する居心地の悪さは、いまの仕事そのものより、昔の自分や業界の空気に対する反応に近いです。親世代が固定観念を壊されることに怖さを感じるように、「機械に任せられない」という反発も、どこかに残っている。ただ、仕事の現場では、すでにかなり乗り換えている、というのが正直なところです。

一方で、職種はプロダクトビルダーへ寄っていく

同じ記事で面白かったのは、「プロダクトビルダー」という未来像です。

多くの人が突然ものを作れる世界になっても、誰もが自分のために作るわけではない。誰かの意見が込められたソフトウェアに金を払う。バグが少なく、サポートがある。考えるのが面倒なので、作らずに買う。料理が簡単になっても、みんなが毎日フルコースを作るわけではない、という比喩は腑に落ちました。

仕事は「ソフトウェア開発者」より「プロダクトビルダー」に近づく。センス、デザイン、心理学、AIと人の入力のバランス。自然言語でプロトタイプし、センスで仕上げる。すでに「プロダクトエンジニア」という言葉が議論されていた流れの延長線上だ、という見方に同意します。

開発者でない人もAIで作れるようになった。ただ、データモデルやアーキテクチャ、ツール選びを踏まえた「真の開発者+AI」のほうが、まだ速くて質が高い、という現状感も自分にはあります。停滞期は来るだろう、という見立てもある。一般化したあとも、ずっと今と同じ速度で進むとは限らない、という期待もあります。

定年後に、ゆるくソフトウェアを作るイメージ

AIがこれだけ業務を奪っていく前、定年あたりの自分には、ぼんやりしたイメージがありました。

数年前、20年後や30年後に会社員や常勤をやめたあとも、ゆるくソフトウェアを作っていたい、と思っていた時期があります。夢としてガチガチに描いていたわけではない。フリーランスで雑に生きる、とか受託で飯を食う、という話ほどではなく、コードを書くペースを自分で決められる暮らしが、頭の隅にあった、くらいです。

ところが昨今の変化で、そのイメージは遠のいた、と感じています。受託や作業系の仕事は、定年を待たずに厳しくなりつつある。定年後にゆるくソフトウェアを作る、という絵は、いまの流れでは描きにくい。

別の生き方はあるはずです。ただ、あのとき頭にあった「ゆるくソフトウェアを作れるかも」という当たり前が、急に薄れた感覚は残っています。ここを書いておかないと、この記事の不安の根っこが伝わらない、と思いました。

自分は老後、陶芸家側か、進化した職の側か

最終的に、20年後や30年後の自分がどうなっているかは、わかりません。前のセクションで書いたイメージも、いまのままでは当てはめにくい。それでも、老後を迎えるとき、次のどちらに近いのかだけは、いまから気になっている。

子どもが小学生になり、あと10年くらいはちゃんと働く必要がある。職業難民になる可能性は、今のままでは無視できない。海外のようにレイオフが当たり前に近づくなら、スポーツ選手のように、打たなければ生きられない働き方にも近づくのでは、という怖さもあります。

自分はもともと「職業エンジニア」だけではない、と自覚しています。それでも、老後を迎えるとき、次のどちらにいるのかが読めない。

陶芸家・刀匠の立場で、コードや手仕事の芸術性に寄り、細い需要の中で生計を立てているのか。

進化した世界の新しい職種(プロダクトビルダー、発信や講演、意思決定や顧客文脈に近い仕事)で、別のスキルセットを積み上げているのか。

いまの自分には、答えがありません。昔の自分は陶芸家側に近かった。いまの仕事は、プロダクトビルダー側に足が踏み込んでいる。それでも、老後のイメージだけが追いついていない、というズレが不安の正体に近いです。

いまできること。アウトプットと、コード以外の価値

答えがないから、動きは変えられます。

講演、使い方の発信、執筆、カウンセリング的な仕事。モノや作業工程より、AIがまだ弱い「自分の思考」に価値が乗る、という仮説は、いまも少しは当たっていると感じています。だから、思っていることを書き、蓄積する。別記事で書いたように、アウトプットは自分の整理であり、副産物は後から見える、という信頼もあります。

意思決定の重要性についても、最近のメモをブログにしました。AIがコードを出すほど、人間は要件の明確化や設計判断、採用・却下に時間を使う。決めるだけでは足りず、言語化する筋肉も必要、という話です。プロダクトビルダー側に寄るなら、その筋肉は今から鍛えるしかない、と思っています。

いきなり経営層になれるわけでもない。定年後にゆるくソフトウェアを作る、というイメージも、いまのままでは当てはめにくい。会社を起こすほどのパワーが必要になる、というプレッシャーも、頭の片隅にあります。

まとめ

ソフトウェアエンジニアの今後について、いまの自分の整理は次のとおりです。

  • 職業としての「コードを書く中心」は、工場の生産ラインのようにAIに置き換わりつつある
  • 技術は動いても、積み上げた仕組み化や制約のせいで業務は変わりにくい。変わらないDXはエンジニアの現場にもある
  • 一部は陶芸家・刀匠のように、コードの芸術性や手仕事として残る可能性がある
  • 多くの需要はプロダクトビルダーへ移り、センス・設計・顧客文脈・AIとのバランスが重要になる
  • 正解はない。自分の考えと不安の整理であり、20〜30年後は誰にもわからない
  • 定年後にゆるくソフトウェアを作る、という淡いイメージは、いまの流れでは遠のいている
  • 昔はコードを芸術と感じたが、仕事とプライベートで考え方は分かれた。AIで思考も変わった
  • 老後のイメージだけが、いまの仕事の変化に追いついていない。それが不安に近い
  • いまできるのは、アウトプット、意思決定、コード以外の価値を積むこと

不安の整理をブログに残した、という位置づけです。20年後の自分が陶芸家側かプロダクトビルダー側かは、いまはわからない。読み返したときに、まだ書けていないことがあったら、また手を入れます。