Xで流れてきたこのポスト(こちらの引用ポスト経由)が面白かったです。DeNAの「AIにオールイン」宣言から1年の実績と、創業者・南場智子さんが講演で語った「起点力」という考え方の話でした。長いスレッドの後半は投稿者自身の有料コンテンツの宣伝だったので、南場さんの発言とDeNAの実績部分だけ、自分の理解としてまとめておきます。
64歳の創業者が15年ぶりに社長へ戻った理由
南場智子さんは1999年にDeNAを創業しました。2011年6月、病気療養中だった夫の看病を優先するため代表取締役社長を退任し、非代表の取締役に退いています。その後2017年3月に、夫が前年末に亡くなったことを機に代表取締役会長として復帰し、横浜DeNAベイスターズのオーナーなどを務めながら経営に関わり続けていました。そして2026年6月27日、それまで社長兼CEOだった岡村信悟氏と入れ替わる形で、15年ぶりに代表取締役社長兼CEOに就いています。会社側が挙げた理由は「経営のスピードを格段に上げ、将来の事業環境を前提とした組織運営・事業モデルへの変革を早急に進める必要がある」というもので、要するにAI前提の経営体制に自分で舵を切り直しに来た、という話らしいです。
「AIにオールイン」から1年の実績
2025年2月の基調講演で、南場さんは「DeNAはAIにオールインします」と宣言していました。当時約3,000人で回していた現業をAIで半分の人員で維持・成長させ、浮いた人員を新規事業に投じるという、かなり乱暴な内容だったらしいです。
1年後の2026年3月、DeNA×AI Day 2026で報告された実績が紹介されていました。
- 一部の開発プロジェクトで人5%・AI95%、生産性20倍
- 法務のリーガルチェックで90%の効率改善
- QA(品質管理)の工数が半分
- ライブ配信サービス『Pococha』の配信審査コストが60%削減
社内には「DARS(DeNA AI Readiness Score)」というAI活用度を測る独自の5段階評価指標もあるそうで、AI活用が気合いや研修ではなく人事評価の物差しになっている、というのが印象的でした。
「起点力」と薄い仕事・濃い仕事
一番刺さったのがここです。南場さんは講演でこう語っています。
起点は人間である
AIに残る仕事とAIに置き換わる仕事を分けるのは、身につけたスキルの量ではなく、南場さんの言葉を借りると「起点力」(物事を起こす意思、夢中になる力、欲求を持つこと)だといいます。
これを噛み砕くと、仕事は「薄い仕事」と「濃い仕事」に分けられます。
- 薄い仕事: 誰かが決めたことを、決められたやり方で片づける仕事(資料の体裁を整える、議事録を起こす、数字を転記する、など)
- 濃い仕事: そもそも何をやるかを自分で決める仕事(どのテーマで発信するか、どの顧客を狙うか、何を作らないと決めるか、など)
AIが持っていくのは薄い仕事だけで、濃い仕事は人間の手元に残り続けます。そしてAI化が進むほど、手元に残るのは濃い仕事ばかりになっていきます。つまり「楽になる」のではなく「逃げ場がなくなる」という捉え方をしているのが面白かったです。
同じ講演で「エンジニアは不要になるのか?」という問いに南場さんは明確にNoと答えていて、「AIを用いて何かつくってやるぞという気持ちのあるエンジニア」への需要はむしろ高まるとも語っています。あわせて「すべてのプロダクトは、AI×業界知識でできていく」とも言っていて、業界知識・現場の勘・顧客基盤を持つ人材の価値も上がる、という整理でした。
データの裏付けもある
これが単なる精神論ではなく、実際の雇用データにも表れているという指摘も紹介されていました。スタンフォード大学デジタル経済研究所が2025年に発表した研究(米国最大の給与計算サービスADPのデータを解析したもの)によると、AIの影響を最も受ける職種で22〜25歳の雇用が約13%減少している一方、雇用減少は「AIが人の作業を代替する職務」に集中していて、「AIが人の能力を拡張する職務」では起きていなかったそうです。消えているのは職業ではなく職務、というのが南場さんの「薄い仕事/濃い仕事」の話とちょうど重なります。
日本国内では、2026年7月公表の情報通信白書によると生成AIを使ったことがある個人は58.8%(前年26.7%から倍増)とのことで、伸びてはいるものの米国の7割超にはまだ追いついていない、という数字も併記されていました。
感想
AIエージェントの技術寄りの話ばかり読んでいたので、経営側から「AIが浸透した後、人に何が残るか」を語っている内容として新鮮でした。技術的にAIエージェントに何をやらせられるかを追いかけるのと同じくらい、自分の仕事のどこが「薄い」のかを普段から仕分けておく習慣のほうが効きそうだな、と思わされる内容でした。
一番刺さったのは「乱暴」という言葉のほうです。現業を半分の人員でAIに回させるというのは、普通に考えればかなり乱暴な意思決定です。でも振り返ると、事業を前に進めてきたリーダーシップって、だいたいこのくらい乱暴だった気がします。「勝算はまだ十分じゃないけど、とにかく舵を切る」という判断を強引にやれる人が、結局その組織を前に進めてきました。
違うのは、その乱暴さの矛先が今回は人ではなくAIに向いている、というところだと思います。今までの乱暴なリーダーシップは「人にどこまで無茶をやらせられるか」だったのが、「AIにどこまで仕事を渡し切れるか」に置き換わった感じがします。人に対して乱暴にやるのは軋轢や離脱を生みますが、AIが相手ならその乱暴さを気兼ねなくぶつけられます。だとすると、これからのリーダーシップに必要な「乱暴さ」は、人を動かす胆力より先に、AIに仕事を渡し切る決断力のほうに寄っていくのかもしれません。
参考
上記スレッド内では、一次情報として「DeNA × AI Day ‖ DeNA TechCon 2025 Opening Keynote」(2025年2月5日)、フルスイング by DeNAの南場さん講演書き起こし2本、DeNAの代表取締役異動リリース(2026年5月12日)、Erik Brynjolfsson他によるStanford Digital Economy Labの論文「Canaries in the Coal Mine?」(2025年)、総務省「情報通信白書」(2026年7月公表)が挙げられていました。リンクまでは確認できていないので、興味があれば各自検索してみてください。